私と神経化学 若者に伝えたいこと:私が神経化学会で学んだこと
鍋島俊隆 (Toshitaka NABESHIMA)
藤田医科大学客員教授
医薬品適正使用推進機構理事長
名古屋大学・Al. I. Cuza大学(ルーマニア)名誉教授
日本神経化学会名誉会員
恩師亀山勉教授は行動薬理学がご専門で、生化学ができる助手を探されており、大阪大学大学院博士課程を中退し、73年に名城大学薬学部の助手になった。その頃はまだ精神薬理学の創生期であり、多くの薬理学教室や製薬企業研究所は「向精神薬(精神機能に影響する薬)が動物の行動をどのように変容するか?同じような行動変容を起こす化学物質をスクリーニングすれば、向精神薬が開発できるか」などの研究をやっていた。化学物質が脳にどのように働いて行動変容を起こすか神経化学に関する研究はほとんどされていなかった(71年発足の精神薬理談話会は、81年に日本神経精神薬理学会となり、やっと神経が入った)。
「ラットをオープンフィールドに入れると、ストレスによって脱糞するが、脳内のセロトニン(5-HT)が関与しているか」というテーマを与えられた。昼夜逆転をするタイマーが市販されていなく、行動薬理の研究は初めてなので、心理学の本を読み漁り、「睡眠中のネズミを起こして実験をするのはいけない」と考え、ラットのリズムに合わせて、夜に実験を行った。オープンフィールドだけ明るく、周りは真っ暗なので、大学院生が直ぐに眠ってしまった。カフェインを極量(最大限の用量)飲ませて、実験を続けた。今ではパワハラですね。重久剛先生(前東京家政学院大学心理学教授)からオペラント行動【例えば点灯またはブザーが鳴ったときに、ラットが一定回数、レバー押しをすると、餌がもらえる:レバーを押さないと餌をとれないことを学ぶ】解析について学んだ。視覚・聴覚に対する薬の毒性評価法として、オペラント行動を使いラットの視力や聴力測定法の開発をした。また聴覚と5-HTの関係についても調べた。まだ液クロもなく、5-HT含量の測定は蛍光測定法であり、蛍光強度は安定せず苦労した。
日本神経化学会には、73年、第16回から参加した。当時は講演要旨を図表入りでA4版2枚に収め応募すると、査読があり、査読をパスしたものだけが発表できた。当日は要旨作成後の新データについて発表することが義務で、講演10分、質疑10分で、敷居が高かった。全員が1つの会場に集まり、第一線でご活躍の柿本泰男、高坂睦年、佐野勇、高垣玄吉郎、塚田裕三、中島照夫先生などが最前列に陣取られていた。東の慶応大グループと西の大阪大グループで対抗意識があったようで、要旨を事前に読んで来られており、東の後に西、西の後に東から、次々と厳しくて的確な質問のシャワーを浴びせられた。演者は堪ったものではないが、この質問のお蔭で、研究計画、データに何が欠けているのか、どう研究を進めたらいいのか、成果をどう伝えたらいいのか学ぶことができた。回を重ねるにつれて、超一流の先生方が、事前に要旨を査読して、直接熱心にご指導下さる学会は他にはなく、若手研究者育成の最高の道場を用意して下さっていることが分かった。この精神は現在の若手育成セミナーや若手道場に繋がっている。
この経験は私が若手を育てる原点となった。どう研究を進めたらよいか?私が学んだことの一端を若者に伝えたい。
論理的に研究を進めるためには、普段から
学会発表を聞くとき、論文を読むときには批判的に聞き、読むこと、例えば1)目的は意味があるのか、論理的であるのか、2)目的を達成するのに適切な方法を使っているか、3)誰でもすぐ分かるような結果の図表か、統計は適切か、4)読者を納得させるストーリーができているか、5)考察は目的を反映しているか、結果を踏まえているか、論理的であるか、展望があるか、6)論理的な論文を書くのに必要な文献を網羅しているか、孫引きはしていないか?などを指導している。そのために
発表を聞き、論文を読むときには、1)批判的に聞き、必ず質問する、2)一流の研究者の講演を聞き、研究の哲学を学ぶ、3)一流雑誌に掲載されている論文を読み、何が欠けているか考える、4)研究の幅を広げるために、自分の分野だけでなく、他分野の発表を聞き、論文も読む。
テーマの選び方について、私は医薬学関係なので、まず臨床に立脚する、1)既存の報告の矛盾点に着目し、他人と違う仮説をたてる、2)ビッグラボと競争しなくていいように、ゆっくりとじっくりとできる、切り口とテーマを選ぶ、3)同分野の範囲に捕われず、他分野の考え方を積極的に入れる。
研究の進め方については、1)やってみてデータが出たら考えるというのではなく、仮説(ストーリー)をまず立てる。設計図(仮説)がないと家は建たないので、研究をスタートするときには、頭の中にすでに論文ができていること、2)実験科学なので、ストーリーを決めたら、motivationを保ち行動する、3)自分でできないことは国内外を問わず人に頼む、4)頼み易い若手仲間を作る、5)逆に頼まれたら断らない、6)Giveできる(頼まれる)ものを持っておく、7)ストーリーと違うデータが出たときは、ストーリーに拘りすぎると泥沼へ落ちる。大発見かもしれなので、そのためには、寝ても覚めても、何をしていても頭を使い、新しいストーリーを考える。
論文を書くためには、1)目的・方法・結果・考察に分けて例文を収集しておく、2)論文作成時に例文を使うときには必ず引用論文とする、3)批判的に聞き、読んだことを思い出して、査読者の観点で、論理的なストーリーになるように論文を書く、4)まず、自分が無理だと思う格上の雑誌に投稿する、5)良い雑誌からは激しいコメントが期待できる、クリア出来たら自信ができる、6)最低3報投稿する。これができたら自立できる(実行した弟子たちはできた)。
研究費を獲得するには、1)小さいものからtryして、順に大きくする、2)審査委員になりそうな先生方に認めてもらうために、学会でどんどん質問し、懇親会に出席して、顔を覚えてもらう、私の経験では知っている若手の審査は甘くなった、3)良い雑誌にどんどん投稿する、4)特許を取る。
など若手の皆さん必ず試みて下さい。
誰でも同じ時間を与えられています。「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」です。まず「行動をして下さい」。行動(考えて実験)して、成果が出ると、もっと行動(研究)したくなります。オペラント行動が成立します。
失敗は誰にでもあります。恐れないで行動し、失敗したらそれから学んで下さい。自分の五感を研ぎ澄まして、自然の囁きをキャッチして下さい。自分の観察力を信じ、センス(第六感)を働かして下さい。以上を実行したら、研究費を自力で獲得でき、いい論文を投稿でき、君の夢を叶えられます。Yes, you can!
紙面の関係で、私の弟子たちがやってくれた実例を書いていない。質問がある方々は直接、遠慮なくお聞き下さい( tnabeshi@ccalumni.meijo-u.ac.jp )。
また本学会60周年記念祝宴の折に和田圭司前理事長と相談して、「留学中の若手が後輩たちを刺激するような若手育成のための場を作る」目的で「鍋島トラベルアワード」を2018年に創設した。どんどん留学して海外からエネルギーを持ち帰り、後輩たちを鼓舞して下さい。
(2020年9月原稿受領)