私と神経化学 自閉症と記憶の社会神経化学の分野へ

東田陽博 (Haruhiro HIGASHIDA)
金沢大学子どものこころの発達研究センター特任教授
大阪大学大学院 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科 兼任教員
Laboratory for Social Brain Studies, Krasnoyarsk State Medical University, Russia, Visiting Director
金沢大学名誉教授
日本神経化学会名誉会員

 私の神経研究は、岐阜大学医学部の学生で、大脳のグリア細胞膜電位の測定を行ったことから始まる。当時、グリア細胞はidle cellと呼ばれ、電気活性を持たないとされていたが、カリウム電池的なグリアの膜特性を哺乳類の脳で研究した。その研究は、生理学教室の渡邉悟助教授に指導してもらった。先生は、ミュンヘンのマックスプランク研究所に留学され、脳波の陰性の振れは神経細胞の脱分極と一致するという脳波研究をオットー・クロイツフェルトとしていた。オットーの父ハンス・クロイツフェルトはアルツハイマーの下で働き、1920年頃、狂牛病としてのちに知られるクロイツフェルト・ヤコブ病を記述した人である。オットー・クロイツフェルトのもとにはその後、パッチクランプ法によるイオンチャネル1分子の開閉の動きを捉えることに成功し、1999年にノーベル賞を受賞したネーアー博士やザックマン博士らが関係してくる。だから、「僕の研究者ルーツは、ミュンヘンの神経学派に属するアルツハイマー博士まで遡る事が出来、オットー・クロイツフェルト博士の孫弟子にあたり、ネーアー博士とは孫弟子同士となる」、このことを誇りに思っている。

名古屋大学医学部の大学院生として、環境医学研究所・御手洗玄洋教授の下で、大脳や網膜のグリアと神経細胞の膜電位比較の研究を続けた。一方で、愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所で、リンゴ酸脱水素酵素がビリルビンで阻害され、TCAサイクルが回らず、ATP産生が低下することが原因で障害されることが核黄疸の病因であるという研究をし、1974年京都での第17回日本神経化学会(栗山欣弥教授)に発表した。

 大学院生の時のニューロンとグリアを同時に扱うという一連の研究が認められ、神経芽腫細胞で記憶の研究していた米国NIHのマーシャル・ニーレンバーグ博士の研究室に1976年に留学できた。その留学は、東工大におられた(名古屋大学名誉教授の)永津俊治先生にご尽力いただいた。というのは、永津先生はニーレンバーグ博士の奥さんとなったザルツマン博士と一緒に、チロシン水酸化酵素の発見を、ニーレンバーグ研究室と隣あわせのユーデンフレンド研究室で行ったからである。ニーレンバーグ研究室の1976年は、遺伝子暗号解読に対する1968年度のノーベル賞受賞から約10年経たところで、神経クローン細胞による記憶の暗号解読プロジェクトが一定の到達点に来ており、大変活気があった1)。

 ポストシナプスの研究として、ニーレンバーグ先生の発案で、伝達物質を神経腫瘍クローン細胞に投与し膜電位変化を記録できれば、直ちに伝達物質受容体の発現を確認でき、生化学的な受容体同定よりも簡便として、スクリーニング研究をした。その中で、ブラジキニン受容体が大きな過分極―脱分極の二相性膜電位反応を示すことを見出した2)。

 帰国後、神経腫瘍細胞で研究をしてくれれば良いと、金沢大学がん研究所薬理部門三木直正教授に招かれ、自由に研究させていただいた。1983年垣内史郎先生の下、第26回日本神経化学会(大阪)のワークショップでクローン細胞の培養法を会員に伝授した。一方、岐阜大学生化学の野沢義則教授とともに、ブラジキニンで、フォスフォリパーゼCが活性化されることを観察した3)。ムスカリン受容体に関しては、京都大学の沼正作教授等と、フォスフォリパーゼCとカップルし二相性膜電位反応を生じるのは、M1,M3,M5サブタイプであることを確認した4)。

 過分極が御子柴克彦教授も大いに関与されたイノシトール三リン酸によるカルシウム依存性カリウムチャネルが開くことによることを証明した。そのこともあり、御子柴教授が日本神経化学会の理事長をされた2001-2004 年の間で、国際委員会を任されたことがあり、ISNの年報にJSNの活動を報告した。

 2000-2001年、三木先生が日本神経化学会の理事長になられた時、私は医学部の教授になっていて、2000年の第43回日本神経化学会金沢大会の大会長を仰せつかった。その時の課題は、すべての演題をネットで受け付けることであった。

 15年余にわたる細胞レベルでのシグナル伝達の研究から解放され、2004年、金沢大学21世紀COE「発達・学習・記憶と障害の革新脳科学の創成」のリーダーを引き受け、当時、医学的には関心もまだ少なく、原因が皆目判っていない大きな可能性を秘めた自閉症を拠点の研究と定めた。COEの最大の到達点は、学内改革として、新しい研究や教育の組織を作り出すことであった。そこで、浜松医大の森則夫教授や阪大の遠山正彌教授からのご支援の下、金沢大学子どものこころの発達研究センターを2008年に設立するに至った。

 自閉症を研究する中で、基礎医学者として、絶えず良いマウスモデルを見出すことを考えた。その時、Fergusonらの、オキシトシン遺伝子KOマウスが、社会性認識記憶障害(記憶の忘却)を起こす事を示した論文5)に出会い、インスリン分泌異常が報告されているCD38 KOマウスではオキシトシンの分泌異常が生じ、社会性行動障害が見出せるのではないかと閃いた。

 侵入メスマウスに対するオスマウスの調査行動(社会性認識)を測定するよう、留学生に命じた最初の日から、それらしい良い結果が得られ、3か月間、あまりにきれいなデータが連日得られるので、少々心配になり、日本人教員の前で、供覧実験をさせ、予測が当たっていたことをやっと確信できた。6か月後にはほぼデータを揃え、平井宏和准教授(現群馬大学教授)がきれいな図にまとめあげてくれた。ノックアウトマウスの表現型を、当時の最先端の技術であるウイルスによる脳のCD38局所発現により回復できるという内容で、「これをおもしろいと思わない人はいないだろう」という自信をもってNatureのArticleに投稿した。実際、火曜日に投稿し、水曜日には、outside reviewに回したという返事を編集部から貰った。指摘された数多くの追加実験を終え、2006年11月に再投稿し、受理された6)。

CD38がオキシトシンの脳内への遊離を脱分極によるカルシウムの細胞内への流入を経ずして生じさせる事が出来ると言う発見であった。この発見の本当の神経化学的意味は、生理学の根本原則である、「脱分極−伝達物質放出」に反する現象を見出したということである7)。また、脱分極によるカルシウムの細胞内への流入だけでは生命現象がおこらず、リアノジン受容体のカルシウム信号増幅機構によっているという一般的な生化学の知識の中に納まる。CD38 KOマウスが社会性行動障害を生じた理由として、オキシトシン経路を直接遮断するオキシトシンやオキシトシン受容体KOマウスと異なり、CD38 KOマウスは、オキシトシンの脳内への遊離を調節するという間接効果である為、緩やかな表現型(障害)を示したと考えられる8) 。これ以降、それまで空間記憶の研究が主流であったのが、マウス間の交流などを指標にする社会性記憶研究が発展してきている。社会神経化学分野の進展に少しは寄与できたと思っている。

 ニーレンバーグ先生がはじめられた記憶の暗号解読研究(decipher of memory code)1)はその開始から50年以上経てもまだ道半ばにも至っていないように思う。これからの若い人たちが、この未知の肥沃な分野を対象とした神経化学研究を長期的な視点で推し進められることを期待している。

References

1) Modulation of synapse formation by cyclic adenosine monophosphate.

Nirenberg M, Wilson S, Higashida H, Rotter A, Krueger K, Busis N, Ray R, Kenimer JG, Adler M. Science. 1983 Nov 18;222(4625):794-9. doi: 10.1126/science.6314503.

2)Bradykinin-activated transmembrane signals are coupled via No or Ni to production of inositol 1,4,5-trisphosphate, a second messenger in NG108-15 neuroblastoma-glioma hybrid cells. Higashida H, Streaty RA, Klee W, Nirenberg M. Proc Natl Acad Sci U S A. 1986 Feb;83(4):942-6. doi: 10.1073/pnas.83.4.942.

3) Bradykinin-induced rapid breakdown of phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate in neuroblastoma X glioma hybrid NG108-15 cells. Yano K, Higashida H, Inoue R, Nozawa Y. J Biol Chem. 1984 Aug 25;259(16):10201-7.

4) Selective coupling with K+ currents of muscarinic acetylcholine receptor subtypes in NG108-15 cells. Fukuda K, Higashida H, Kubo T, Maeda A, Akiba I, Bujo H, Mishina M, Numa S. Nature. 1988 Sep 22;335(6188):355-8. doi: 10.1038/335355a0

5) Social amnesia in mice lacking the oxytocin gene. Ferguson JN, Young LJ, Hearn EF, Matzuk MM, Insel TR, Winslow JT. Nat Genet. 2000 Jul;25(3):284-8. doi: 10.1038/77040.

6) CD38 is critical for social behaviour by regulating oxytocin secretion. Jin D, Liu HX, Hirai H, Torashima T, Nagai T, Lopatina O, Shnayder NA, Yamada K, Noda M, Seike T, Fujita K, Takasawa S, Yokoyama S, Koizumi K, Shiraishi Y, Tanaka S, Hashii M, Yoshihara T, Higashida K, Islam MS, Yamada N, Hayashi K, Noguchi N, Kato I, Okamoto H, Matsushima A, Salmina A, Munesue T, Shimizu N, Mochida S, Asano M, Higashida H. Nature. 2007 Mar 1;446(7131):41-45. doi: 10.1038/nature05526.

7) Somato-axodendritic release of oxytocin into the brain due to calcium amplification is essential for social memory. Higashida H. J Physiol Sci. 2016 Jul;66(4):275-82. doi: 10.1007/s12576-015-0425-0.

8) Oxytocin release via activation of TRPM2 and CD38 in the hypothalamus during hyperthermia in mice: Implication for autism spectrum disorder. Higashida H, Yuhi T, Akther S, Amina S, Zhong J, Liang M, Nishimura T, Liu HX, Lopatina O. Neurochem Int. 2018 Oct;119:42-48. doi: 10.1016/j.neuint.2017.07.009.

(2020年9月原稿受領)