33. 脳にひしめくグリア細胞:アストロサイトの病態生理学的役割

著者
長井淳
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 医学部 生理学科 Baljit Khakh研究室
DOI
10.11481/topics117
投稿日
2020/01/24

はじめに

脳にはニューロンの他に、グリア細胞、血管など多様な細胞が存在します。脳が形成され、正しく機能するしくみを解明するためには、細胞間相互作用の理解が必要です。グリア細胞の一種であるアストロサイトは哺乳類の脳細胞の約2~4割を占め、 ニューロンと密なコミュニケーションをとっています(図1)。主に、イオンや伝達物質の調節および代謝補助といった脳回路が正常にはたらくために必須の役割を果たしていることが知られています。

これまで、アストロサイトの機能について、培養細胞系や脳スライス実験を用いた研究が主に進められてきました。しかし、生体内での役割を調べるために重要となる、アストロサイトを特異的に操作する技術には課題がありました(文献1)。例として、アストロサイトを狙った遺伝子や活動の操作がアストロサイト特異的ではなかったことや、活動電位を示さないアストロサイトに細胞膜電位を変化させる操作が適しているのか議論が続いていたこと等が挙げられます。そこで私たちは、アストロサイトを「不活性化」「活性化」する改良ツールを開発・採用し、アストロサイトがいつ・どこで・どのようにニューロンと影響を及ぼしあうのかを解析しました。

アストロサイト-ニューロン相互作用を解析するにあたり、アストロサイトの分子的性質が脳領域ごとに異なるという近年の知見を加味(文献1)し、特定の脳回路に着目しました。今回私たちが解析した回路である線条体は、運動調節・認知・強化学習に関わり、パーキンソン病、ハンチントン病、薬物依存などにおいて機能変調を示すことから、行動・疾患に重要な脳部位であることが知られています。私たちは、アストロサイト操作が及ぼす影響を遺伝子・細胞・回路・動物行動レベルで多層的に解析し、これまで知られていなかった線条体におけるアストロサイト-ニューロンの相互作用のしくみと重要性を明らかにしました。

アストロサイト不活性化は強迫性障害(OCD)様行動を引き起こす(文献2)

まず、私たちはアストロサイト活動を不活性化する遺伝学的ツールを開発しました。前述したようにアストロサイトには電気的活動が観察されませんが、ダイナミックな細胞内Ca2+イオンの増減が見られます(Ca2+シグナル)。このCa2+シグナルを大幅に減少させる、細胞膜上で機能するCa2+ポンプ(hPMCA2w/b)を発見し、CalEx(Calcium extruder)と名付けました(図 2 A)。

CalExを成体マウスの背側線条体アストロサイト特異的に発現させ、3週間後にマウスの行動を複数の試験で解析したところ、マウスが過剰な毛繕い行動を示すことがわかりました。運動機能不全や不安様行動は観察されなかったことから、総合的に強迫性障害(OCD:Obsessive–compulsive disorder、不合理な行為や思考を自分の意に反して反復してしまう精神障害の一種)を想起させる表現型であると結論づけました。

次に、この行動異常が起きているしくみを調べました。装着型顕微鏡MINIscopeにより自由行動下のCalEx発現マウスにおける線条体ニューロン活動を観察したところ、顕著な活動減少が確認されました。RNAシーケンスによる遺伝子網羅解析、脳スライスにおける電気生理学的解析、薬理学によるレスキュー実験を組み合わせた結果、CalEx発現によるCa2+シグナル低減は、アストロサイト内で遺伝子発現変化を引き起こし、アストロサイトGABAトランスポーター GAT-3の機能亢進を介して回路活動変化、マウスのOCD様行動を惹起させていることが見出されました。興味深いことに、ハンチントン病モデルマウスが発症早期に示すOCD様行動もGABAトランスポーター阻害剤によって有意に抑制され、アストロサイト活動変調と精神障害の強い関連が明らかになりました。

アストロサイト活性化は多動性注意欠陥障害(ADHD)様行動を引き起こす(文献3)

アストロサイトは数多くのGPCRを発現し、Ca2+シグナルを引き起こすことが知られています。そこで私たちは、人工GPCRであるDREADDをアストロサイト特異的に発現させ、合成リガンドを投与することによってアストロサイトCa2+シグナルを時空間的に制御した形で活性化するアプローチを採用しました(図 2B)。

まず私たちは、脳スライスおよび生体内において、線条体ニューロンが活動時に放出するGABAがアストロサイトのGABAB受容体(Gi-GPCRの一種)を活性化してCa2+シグナルを上昇させることを見出しました。その活性化を模倣するために、Gi-DREADDを成体マウスの背側線条体アストロサイト特異的に発現させ、合成リガンド刺激によりGi-GPCR経路を活性化させる系を確立しました。覚醒マウスにGi-DREADD刺激を与えたところ、2時間後にアストロサイトCa2+シグナルが上昇し、マウスが落ち着きなく動き続ける様子が観察されました。計10種の行動試験の結果を統合して、この行動表現型はヒトにおける注意欠陥・多動性障害(ADHD:Attention deficit/Hyperactivity disorder)様であると結論づけました。

次に、アストロサイトGi-GPCR刺激がADHD様行動を引き起こすしくみを調べました。遺伝子網羅解析、脳スライス電気生理学、覚醒マウスにおけるニューロン活動記録を組み合わせた結果、ADHD様行動を示しているマウスでは、アストロサイトがシナプス産生因子TSP-1を放出し、線条体におけるシナプス過剰産生が回路活動を亢進させていることが明らかになりました。TSP-1の ニューロン受容体α2δ-1拮抗薬であるガバペンチン(ガバペン®)をマウスに投与したところ、異常なシナプス産生、回路活動亢進および行動が全て正常化されました。本研究を通して、アストロサイトは主体的にシナプスを形成し、脳回路・動物行動に変化を与えうる存在であるという新たな役割が明らかになりました。

まとめと展望

私たちは、成体マウスの線条体におけるアストロサイトの不活性化(文献2)と活性化(文献3)がどちらも精神疾患様の行動異常を引き起こすことを見出し、さらに、薬理学的に狙って治療することのできる細胞間相互作用メカニズムを明らかにしました。特に、上述のガバペンチンはすでに抗てんかん薬として使用されているため、今回の発見はドラッグリポジショニングによる新規治療戦略に貢献できる可能性があります。今後は、操作時間の分解能やシグナル経路特異性が改良されたツールなどの開発を通して、更なるアストロサイトの役割を明らかにし、ニューロンに着目するだけでは見えてこなかった脳回路機能のしくみや疾患治療法の解明に寄与することが期待されます。

文献

  1. *Yu X, *Nagai J, Khakh BS (2020) Improved tools to study astrocytes. Nature Reviews Neuroscience, in press. *共同筆頭著者
  2. Yu X, Taylor AMW, Nagai J, Golshani P, Evans CJ, Coppola G, Khakh BS (2018) Reducing astrocyte calcium signaling in vivo alters striatal microcircuits and causes repetitive behavior. Neuron, 99(6):1170-1187.
  3. Nagai J, Rajbhandari AK, Gangwani MR, Hachisuka A, Coppola G, Masmanidis SC, Fanselow MS, Khakh BS (2019) Hyperactivity with disrupted attention by activation of an astrocyte synaptogenic cue. Cell, 177(5):1280-1292

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