34. 睡眠中の新生ニューロンの活動とその記憶固定化への役割の解明

著者
小柳伊代、坂口昌徳
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構
DOI
10.11481/topics129
投稿日
2020/08/07

はじめに

成熟した脳の神経細胞は、通常、生まれ変わらない。しかし、脳のごく一部の場所では、生涯にわたり神経細胞が新たに産生される(成体脳のニューロン新生)。この過程で産生された神経細胞は新生ニューロンと呼ばれる。海馬の歯状回という脳部位で生まれる新生ニューロンは、記憶に重要な役割を果たしている(参考論文1)。一方で、記憶は睡眠中に定着(固定化)されることが知られている。哺乳類の睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠に区別され、その記憶固定化への意義が検討されているが、特に、レム睡眠中の記憶固定化のメカニズムはほとんど分かっていない。また、新生ニューロンの睡眠中の動態や機能はこれまで全く分かっていなかった。私たちは、新生ニューロンの睡眠中の活動を調べ、その記憶固定化への機能について検討した。

1.学習時に活動した新生ニューロンがレム睡眠中に再活性化する

私たちは、マウスが自由に動きまわれる条件下で、超小型の蛍光顕微鏡を用いて、新生ニューロンの活動を観察した。カルシウムイメージングと脳波測定を同時に行うことで、覚醒・ノンレム睡眠、レム睡眠、それぞれの段階に分けて新生ニューロンの活動を解析した。すると、ノンレム睡眠時とレム睡眠時の新生ニューロンの発火頻度は、覚醒中のそれと比較して低いことが分かった。
 次に、学習後の新生ニューロンの活動の変化を捉えるため、恐怖条件付け課題という記憶実験を用いた。この課題では、ある箱にマウスを入れ、その足下に軽い電気ショックを与える。するとマウスの脳内で箱とショックが関連付けられることで、再度その箱に入れられた際に、マウスは恐怖を感じるようになる。その際に、すくみ運動(フリージング)という特徴的な行動を取るため、フリージングの時間を観察することで、その個体の恐怖記憶の強さの程度が客観的に把握できる。この課題の学習時(ショックを与える前後)と、その後の睡眠中の新生ニューロンの活動を記録すると、覚醒時とノンレム睡眠時は学習後でも非学習時と比べ活動頻度に変化はないが、レム睡眠時のみ活動の低下がみられた。しかし驚くべきことに、レム睡眠時に活動した新生ニューロンに注目すると、それらは学習時に活動していたものであることが分かった。つまり、学習後のレム睡眠時は新生ニューロン全体の活動が低下する一方で、学習に直接関わる新生ニューロンは、レム睡眠中に再活性化していることが明らかになった(図1上)。

図1.上部:小型顕微鏡を取り付けたマウスの行動中と睡眠中のカルシウムイメージング。学習直後に活動したニューロンがレム睡眠中に再活性化される。下部:光ファイバーを取り付けたマウスに、恐怖学習後のレム睡眠中にのみ新生ニューロンの活動を抑制あるいは活性化すると、記憶固定化が減弱される。学習後に活動抑制された新生ニューロンは長いスパインネックを持つ。

2.レム睡眠中の新生ニューロンの活動が記憶固定化に重要な役割を果たす

レム睡眠中の新生ニューロンの機能を調べるため、光遺伝学という技術を用いて、学習後のレム睡眠中の新生ニューロンの活動を操作し、その記憶固定化への影響を評価した。
 まず、恐怖条件付け課題学習後から6時間の間、マウスのレム睡眠中の新生ニューロンの活動のみを抑制した。すると、その後の記憶テスト(マウスをショックを与えた箱に入れる)で、新生ニューロンの活動を抑制されたマウスはフリージング行動の時間の短縮、つまり記憶の減弱を示した。一方で、学習後のレム睡眠中の新生ニューロンの活動頻度を人為的に高めた条件でも、同様に記憶は減弱された。
 前述のカルシウムイメージングと、活動の抑制・増強実験の結果を総合すると、学習に関わった新生ニューロンの、レム睡眠中の活動が記憶固定化に必要である一方で、そのランダムな活動は記憶固定化を阻害することが考えられた(図1下)。

3.レム睡眠中の新生ニューロンの活動とシナプス可塑性

記憶の物質的正体として、神経細胞同士の接合部であるシナプスの構造が重要であると考えられる。私たちは、新生ニューロンのレム睡眠中の活動を抑制した後に、その樹状突起上のスパイン構造の変化を解析した。活動を抑制された新生ニューロンは、そうでないものと比べ、シナプス頸部が長くなることが分かった(図1下)。一般的に、シナプス頸部の伸長はシナプス伝達効率の低下を意味する。よって、活動抑制によって、シナプスの入力刺激から新生ニューロンへの神経伝達が減弱したことが示唆された。
 一方で、これまでの研究から新生ニューロンは歯状回の周囲のニューロンの活動を制御することが知られている(参考論文2)。これに伴う遺伝子発現を調べるため、レム睡眠中の新生ニューロンの活動抑制後の歯状回のmRNAの発現を調べた。RNAシーケンスによって5万種類の定量された遺伝子のうち、7つの遺伝子の発現減少と1つの遺伝子の発現上昇を確認した。この7遺伝子は全て、神経活動を反映してシナプス可塑性に関わることが知られている。
 以上、新生ニューロンのスパイン構造解析と歯状回の遺伝子解析により、レム睡眠中の新生ニューロンの活動はシナプス可塑性を変化させることによって記憶固定化に機能を持つことが示唆された。

おわりに

本研究は、自由行動条件下での新生ニューロンの活動観察に世界で初めて成功し、それによって睡眠中の新生ニューロンの活動が明らかになった。また本研究によって、レム睡眠中に記憶を固定化する神経回路の一つが同定された。また、幼弱あるいは成長が完了した新生ニューロンでは前述のような記憶固定化への機能は認められなかった。これらは、私たちの脳が持つニューロンの再生メカニズムが、実は記憶に非常に大切な役割を持つということを示唆する。私たちは、この記憶固定化のメカニズムをより探求し、新生ニューロンによって実現される哺乳類固有の記憶メカニズムの解明、そして神経の再生を利用したアルツハイマー病などの病気に対する新しい治療法の開発に貢献したいと考える。

謝辞

本記事を推薦して頂いた名古屋市立大学澤本和延教授、掲載に際しご支援を頂いた慶應義塾大学廣田ゆき先生にこの場をお借りしお礼申し上げます。

出典論文

Kumar D, Koyanagi I, Carrier-Ruiz A, Vergara P, Srinivasan S, Sugaya Y, Kasuya M, Yu TS, Vogt KE, Muratani M, Ohnishi T, Singh S, Teixeira CM, Chérasse Y, Naoi T, Wang SH, Nondhalee P, Osman BAH, Kaneko N, Sawamoto K, Kernie SG, Sakurai T, McHugh TJ, Kano M, Yanagisawa M, Sakaguchi M,
Sparse Activity of Hippocampal Adult-Born Neurons during REM Sleep Is Necessary for Memory Consolidation, Neuron. 2020 May 20; 107:552-565, doi: 10.1016/j.neuron.2020.05.008.

参考論文

1) Koyanagi I, Akers KG, Vergara P, Srinivasan S, Sakurai T, Sakaguchi M, Memory consolidation during sleep and adult hippocampal neurogenesis. Neural Regen Res 2019; 14: 20-23.
2) Luna VM, Anacker C, Burghardt NS, Khandaker H, Andreu V, Millette A, Leary P, Ravenelle R, Jimenez JC, Mastrodonato A, Denny CA, Fenton AA, Scharfman HE, Hen R, Adult-born hippocampal neurons bidirectionally modulate entorhinal inputs into the dentate gyrus. Science. 2019; 364: 578-583.

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