38. 末梢神経損傷がミクログリアの働きを介して遠く離れた脳神経回路へ可塑性を誘導する仕組み

著者
植田禎史
東京女子医科大学医学部生理学講座神経生理学分野
DOI
10.11481/topics143
投稿日
2021/04/07

はじめに

スポーツ、職業災害、交通事故に伴う外傷などにより末梢神経が損傷されると難治性の神経障害性疼痛が引き起こされます。これら症状は末梢部位が治癒した後も長く続くことから、末梢神経の損傷が中枢神経系の脳や脊髄の可塑性を高め、神経回路が改編されることに原因があるのではないかと考えられています。しかし、損傷部位から遠く離れた中枢神経回路に可塑性が誘導される仕組みはよくわかっていません。そこで、私たちはマウスのヒゲ体性感覚経路の視床をモデルに、末梢神経損傷が引き起こす視床回路の改編メカニズムを研究してきました。

1.末梢神経損傷によるヒゲ体性感覚視床回路の改編メカニズム

マウスのヒゲ感覚は眼窩下神経(三叉神経の第二枝)を介し、脳幹(三叉神経主知覚核)のヒゲ領域に入力します。脳幹ニューロンの軸索は反対側脳半球の視床(後内側腹側核)に投射します。ヒゲ体性感覚回路の機能的成熟が完了する生後三週以降では、単一の視床ニューロンは基本的に単一の脳幹ニューロンに由来する一本の軸索からのみ入力を受けます。また、脳幹から視床への軸索投射は同じヒゲ領域間でのみ形成されます。しかし、眼窩下神経切断から一週間程度で視床へ入力するシナプス形成が大きく改編されます。この結果、単一の視床ニューロンはヒゲ領域由来だけでなく、異所性入力(ヒゲ以外の体部位情報を表現する広範囲の脳幹に由来する軸索)を含む複数本の軸索から入力を受けるようになり、視床のヒゲ感覚回路が再構築されます1-3(図1)。

2.末梢神経損傷による視床回路改編を誘導するミクログリアの役割

視床回路の改編はヒゲを抜くなど単に感覚入力を遮断するだけでは起きないため1、末梢神経の物理的な損傷が重要だと考えられました。そこで、今回私たちは炎症応答に関与する脳の免疫細胞でグリア細胞の一種でもあるミクログリアに着目しました4。眼窩下神経の切断後、脳幹ヒゲ領域では速やかにミクログリアの凝集が起こり、細胞密度は上昇します。ミクログリアはニューロンに作用して局所の神経活動やシナプス形成を制御するため5、視床でもミクログリアの変化が見られると予想しましたが、視床のミクログリアに大きな変化はありませんでした。ミクログリアが視床回路の改編に直接関与するかを調べるため、まずミクログリア及び末梢のマクロファージの増殖阻害に働く試薬(PLX3397またはPexidartinib、抗悪性腫瘍薬の一種)をマウスに経口投与し脳全体からミクログリアを除去した結果、視床回路の改編は抑制されました。つまり、神経を切断しても単一の視床ニューロンへ入力する軸索は基本的に一本のまま保たれ、かつ視床への異所性入力の侵入も抑えられたままとなりました(図1)。次に脳幹または視床局所的にミクログリアを除去した結果、脳幹からのミクログリア除去は視床回路の改編を抑制しましたが、視床からミクログリアを除去しても視床回路の改編は抑制できませんでした。一方、神経を切断しなくても、脳幹局所的にミクログリアを活性化することで視床回路の改編を誘導できました。これらの結果から、脳幹のミクログリア凝集は視床回路の改編を誘導する必要十分条件であることがわかりました。眼窩下神経の切断は脳幹ニューロンを過興奮にしますが、ミクログリアを除去すると脳幹ニューロンの発火特性は正常のまま保たれます。そこで私たちは神経切断マウスで脳幹局所的にニューロンの発火を抑制した所、視床回路改編の誘導を阻止できました(図1)。

3.末梢神経損傷による疼痛様行動を制御するミクログリアの役割

眼窩下神経を切断したマウスでは、ヒゲの周辺(例えば下顎)を細いフィラメントで機械的に刺激した際、正常マウスでは嫌がらない程度の弱い刺激に対しても逃避行動、いわゆる疼痛様の感覚過敏を示します。この行動異常は視床のヒゲ感覚回路の再構築と密接に関係しますが、ミクログリアを除去することで完全に阻止できます(図1)。

おわりに

ミクログリアはニューロンやシナプス活動の調節またはシナプス自体の刈込みによって局所回路の形成を制御しますが、本研究成果は局所的なミクログリアの働きが神経投射への作用を介して遠隔領域の回路形成にも影響することを示唆します4。また、本研究成果はミクログリアの阻害が末梢神経損傷に伴う脊髄6や脳神経回路の改編及び疼痛発現を阻止する治療標的となり得る可能性も示唆します。脳や脊髄には多様な活性化を示すミクログリアが分布し、状態によって神経毒性あるいは神経保護の相反する機能を持つことが知られます。ミクログリアを除去する薬剤の投与を止めると、脳内にわずかに残存したミクログリアが増殖し、中枢神経系に再びミクログリアが分布するようになります。ミクログリア除去とその後のミクログリア再増殖もまた神経毒性7と神経保護8の両面に関与します。そのため、今後のさらなる研究によって神経毒性や神経保護作用に関わる分子機構が特定され9、特定分子を標的としてミクログリアの機能が選択的に制御できるようになることで、末梢神経損傷によって引き起こされる難治性の疼痛に対する副作用のない新たな治療法が確立されるのではないかと期待されます。

謝辞

本稿は東京女子医科大学医学部生理学講座(神経生理学分野)にて行われた宮田麻理子教授との共同責任著者論文4に基づき執筆されました。本稿の掲載に際しご支援を頂いた慶應義塾大学医学部解剖学教室の廣田ゆき先生に感謝申し上げます。

参考論文

  1. Takeuchi, Y. et al. Rewiring of afferent fibers in the somatosensory thalamus of mice caused by peripheral sensory nerve transection. J. Neurosci. 32, 6917-30, 2012. doi: 10.1523/JNEUROSCI.5008-11.2012.
  2. Takeuchi, Y. et al. Afferent fiber remodeling in the somatosensory thalamus of mice as a neural basis of somatotopic reorganization in the brain and ectopic mechanical hypersensitivity after peripheral sensory nerve injury. eNeuro 4, ENEURO.0345-16. 2017. doi: 10.1523/ENEURO.0345-16.2017.
  3. Nagumo, Y. et al. Tonic GABAergic inhibition is essential for nerve injury-induced afferent remodeling in the somatosensory thalamus and ectopic sensations. Cell Rep. 31, 107797, 2020. doi: 10.1016/j.celrep.2020.107797.
  4. Ueta, Y. and Miyata, M. Brainstem local microglia induce whisker map plasticity in the thalamus after peripheral nerve injury. Cell Rep. 34, 108823, 2021. doi: 10.1016/j.celrep.2021.108823.
  5. Wake, H. et al. Microglia: actively surveying and shaping neuronal circuit structure and function. Trends Neurosci. 36, 209-217, 2013. doi: 10.1016/j.tins.2012.11.007.
  6. Inoue, K. and Tsuda, M. Microglia in neuropathic pain: cellular and molecular mechanisms and therapeutic potential. Nat. Rev. Neurosci. 19, 138-152, 2018. doi: 10.1038/nrn.2018.2.
  7. Rubino, S.J. et al. Acute microglia ablation induces neurodegeneration in the somatosensory system. Nat. Commun. 9, 4578, 2018. doi: 10.1038/s41467-018-05929-4.
  8. Willis, E.F. et al. Repopulating microglia promote brain repair in an IL-6-dependent manner. Cell 180, 833-846, 2020. doi: 10.1016/j.cell.2020.02.013.
  9. Cserép, C. et al. Shaping neuronal fate: functional heterogeneity of direct microglia-neuron interactions. Neuron 109, 222-240, 2021. doi: 10.1016/j.neuron.2020.11.007.

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