17. 反復ストレスによる抑うつにおけるプロスタグランジンE2の役割: ドパミン系制御とミクログリア活性化への関与

著者
古屋敷智之(京都大学大学院医学研究科 神経細胞薬理学分野)
Tanaka K et al. (2012) Journal of Neuroscience 32: 4319-4329.
DOI
10.11481/topics17
投稿日
2017/02/09

はじめに

ストレスの遷延化や過度のストレスは抑うつや不安亢進を引き起こし、うつ病など精神疾患のリスク因子となる。しかし、ストレスが脳機能変容に引き起こす分子基盤には不明な点が多い。これまでの研究から、ストレスにより脳内のIL-1βやプロスタグランジン(PG)E2といった炎症関連分子が上昇することや、これらの受容体の遺伝子欠損マウスでは恐怖学習や心理ストレス下での衝動性制御の障害が認められることが知られてきた1)。さらに、うつ病患者の末梢血や脳脊髄液でも炎症関連分子群の上昇が報告され、近年ではPG合成阻害薬である非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の投与により抗うつ薬の治療作用が増強されるとの臨床報告も散見される2)。これらの知見は、ストレスやうつ病における炎症関連分子の関与を示唆するが、その役割は不明であった。最近我々は、反復ストレスによる抑うつにPGE2による前頭前皮質ドパミン系の抑制が必須であることを示した。さらに、反復ストレスによりミクログリアが活性化され、脳内のPGE2生成源として働くことを示唆した。本稿ではこれら最新の知見を紹介する。

1.反復ストレスによる抑うつ誘導におけるPGE2-EP1系の関与

PGE2はアラキドン酸由来の生理活性脂質であり、EP1、EP2、EP3、EP4と呼ばれる4種のG蛋白共役型受容体に結合して作用を発揮する3)。本研究では、各種PGE受容体の遺伝子欠損マウスを反復社会挫折ストレスに供し、反復ストレスにおける各受容体の関与を検討した(図1)。野生型マウスでは、反復ストレスにより抑うつ行動である社会的忌避行動や断崖回避に見られる不安亢進が誘導されるのに対し、EP1欠損マウスではこれらの情動変容が誘導されなかった。一方、社会挫折を受けたマウスが示す降伏の姿勢は、EP1欠損マウスでも正常に観察された。すなわち、PGE2-EP1系は社会挫折ストレスの知覚には関与せず、反復ストレスによる情動変容に必須であることが示された。

2.PGE2-EP1系による前頭前皮質ドパミン系の抑制と抑うつ誘導への関与

情動制御にはドパミン系が深く関与することから、本研究では、反復ストレスによるドパミン系の機能変化をc-fosの免疫染色やドパミン代謝回転を指標に解析した。野生型マウスでは、反復ストレスにより前頭前皮質ドパミン系の活動性が抑制されるのに対し、EP1欠損マウスでは、反復ストレスによる前頭前皮質ドパミン応答の抑制が消失した。すなわち、PGE2-EP1系はストレス反復による前頭前皮質ドパミン系抑制に必須であった。この作用に合致して、我々は、中脳スライスでのEP1活性化がドパミン細胞への抑制性シナプス伝達を増強することを報告している1)。反復ストレスにおける前頭前皮質ドパミン系の意義に迫るため、内側前頭前皮質のドパミン終末を損傷したところ、社会的忌避行動の誘導が促進された。さらに、前頭前皮質ドパミン系が脱抑制されているEP1欠損マウスにドパミンD1様受容体阻害薬を投与したところ、反復ストレスによる社会的忌避行動が回復した。以上の結果は、PGE2-EP1系による前頭前皮質ドパミン系の抑制が反復ストレスによる抑うつ誘導に必須であることを示唆している(図2)。

3.反復ストレスによるミクログリア活性化とPGE2生成源としての役割

抑うつ誘導におけるPGE2-EP1系の役割と合致し、反復社会挫折ストレスにより脳内のPGE2産生が増加していた。PGE2生成に関わるシクロオキシゲナーゼ(COX)にはCOX-1とCOX-2と呼ばれる二つのアイソフォームがあり、局在と機能が異なる3)。本研究では、COX-1の欠損マウスや阻害薬の投与下で、反復ストレスによる抑うつ誘導が阻害されることを見出した。免疫染色では、COX-1の発現はミクログリアに限局して観察された。さらに反復ストレスにより、VTAを含む広い脳領域で、ミクログリア活性化マーカーのシグナル増加やミクログリアの形態変化が観察された。以上の結果から、反復ストレスによるミクログリアの活性化により、COX-1を介したPGE2産生が誘導された可能性が推測される(図2)。

おわりに

モノアミン系を標的とした既存の抗うつ薬には応答しない難治性うつ病もいまだ数多く存在しており、PGE2-EP1系は抗うつ薬創薬の新たな標的分子と考えられる。さらに本研究から、PGE2-EP1系が反復ストレスに伴うミクログリア活性化と前頭前皮質ドパミン系制御をつなぐメディエイターとして機能することが示唆された。統合失調症やうつ病の患者の死後脳ではグリア細胞の組織学的変容が報告されている4)。今後、反復ストレスや精神疾患における神経グリア相互作用の役割の解明に興味が持たれる。
ミクログリアはPGE2に加えIL-1βなど他の炎症関連分子も放出し、IL-1機能の阻害下では、反復ストレス後の抑うつや不安亢進が消失することも報告されている5, 6)。炎症免疫系の研究からは、PGE2がIL-1βなど他の炎症関連分子と協調的に働く事例が多数示されており7)、今後、反復ストレスにおいてもPGE2やIL-1βなど炎症関連分子群の相互作用の理解が求められる。
なお本研究は、京都大学医学研究科神経細胞薬理学分野の田中昂平、北岡志保、千歳雄大、他共同研究者の方々と共に行われた。また、成宮周教授より多大なるご支援とご指導をいただきました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

参考文献

  1. Furuyashiki T, Narumiya S. Nat Rev Endocrinol 7: 163-175 (2011).
  2. Furuyashiki T. J Pharmacol Sci 120: 63-69 (2012).
  3. 古屋敷,北岡.脳科学辞典(http://bsd.neuroinf.jp/wiki/)「プロスタグランジン」.
  4. Cotter DR et al. Brain Res Bull 55: 585-595 (2001).
  5. Goshen I et al. Mol Psychiatry 13: 717-728 (2008).
  6. Koo JW, Duman RS. Proc Natl Acad Sci USA 105: 751-756 (2008).
  7. Aoki T, Narumiya S. Trends Pharmacol Sci 33: 304-311 (2012).

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