19. 統合失調症の認知機能障害に関与する遺伝子DEGS2の発見

著者
橋本亮太(大阪大学大学院連合小児発達学研究科附属子どものこころの分子統御機構研究センター/ 医学研究科精神医学教室)
DOI
10.11481/topics19
投稿日
2014/12/09

●概要

本研究では、統合失調症患者の認知機能障害に関する遺伝子解析研究で、複合脂質の代謝酵素であるDEGS2遺伝子の多型(SNP)が、同疾患の認知機能の低下に関連することを新たに見出した。この発見は、統合失調症の認知機能障害の全ゲノム関連解析(GWAS:genome wide association study)という手法を用いて見出されたものである。最近、精神神経疾患の全ゲノムにわたる遺伝子解析研究が急速に広がりつつあり、新たな因子を同定したことは精神医学領域において注目される成果であり、統合失調症の認知機能障害に対する創薬に発展することが期待される。

●研究の背景

統合失調症は約100人に1人が発症する精神障害である。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどる。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者も多く、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症である。精神症状よりも認知機能障害が、社会機能と相関することから、認知機能障害が注目されている。しかし、陽性症状を中心とする精神症状に効果のある薬剤はあるものの、統合失調症の認知機能障害を改善する薬剤は未だなく、現在、新たな薬剤の開発が期待されている分野である。統合失調症の認知機能障害のメカニズムは解明されておらず、関連する遺伝子も見出されていないため、創薬ターゲットとなる遺伝子の発見が待ち望まれていた。

●研究成果

我々は大阪大学医学部附属病院神経科・精神科において、統合失調症専門外来を行い、受診する統合失調症患者に認知機能検査、脳神経画像検査、神経生理学的検査など詳細な評価を行ってその診断と治療に従事してきた。その一方、「精神病性障害の遺伝子解析研究」として、これらの検査データである中間表現型と遺伝子の関連を検討してきた。そこで統合失調症の認知機能障害を定量する方法として、現在の知能から病前の推定知能を差し引くことを提唱してきた(右図:平均を100として16の低下)。この定量化した認知機能障害のGWASを行うことによって、その認知機能障害の程度に関連する遺伝子を発見した。DNAチップを用いて100万個以上のSNP (single nucleotide polymorphism:一塩基多型)を決定し、全ゲノムにおいてそれぞれのSNPに対する認知機能低下との関連を検討して、最も有意であったものが、DEGS2のミスセンスSNPであるAsn8Serであった(右図)。Asn/Ser又はSer/Ser型の統合失調症患者では、Asn/Asn型と比較して約2倍認知機能障害が認められた(Asn/Ser又はSer/Ser:21, Asn/Asn:11)。また、この結果は白人のサンプルを用いても再現されたため、信頼性の高い成果といえる。

●本研究成果の意義

本研究成果により、統合失調症の認知機能障害に関与する遺伝子が同定されたことから、認知機能障害改善薬を開発するための基盤となる創薬ターゲットが発見されたといえる。将来的に統合失調症の認知機能障害改善薬が開発されれば、統合失調症患者の社会機能が改善し、多数の入院患者が退院し、家庭での役割を果たすことができるようになったり、労働に従事することができるようになることが期待される。また、GWASという手法にて統合失調症や双極性障害の遺伝子が見つかってきているが、統合失調症の認知機能障害という神経生物学的な側面(中間表現型)に着目したGWASはなされていなかった。今後、統合失調症だけでなく様々な精神障害において、中間表現型を用いた研究手法が発展することが予想される。

●特記事項

本研究は、大阪大学医学部附属病院神経科・精神科にて、今までに集積してきた日本随一の精神疾患のリサーチリソース・データベース「ヒト脳表現型コンソーシアム」を活用して得られた成果である(右図)。ここでは、詳細な脳機能データの付随する血液サンプル(ゲノムサンプル、血漿、RNA、不死化リンパ芽球)を2000例以上集めており、これらを用いて国内外67ヵ所の研究室と共同研究を行っている。

●用語解説

複合脂質:分子中にリン酸や糖などを含む脂質。細胞膜の脂質二重層の主要な構成要素であり、神経系では神経伝達に重要な役割を果たしていると言われている。
DEGS2:delta(4)-desaturase, sphingolipid 2というジヒドロセラミドを不飽和化して複合脂質の一種であるセラミドに転換する酵素。
GWAS:genome wide association study (全ゲノム関連解析)。病気に罹患している集団と一般対照集団との間でアレルの頻度の違いを検定し、病気のリスクとなる遺伝子や多型を見出すことを,全ゲノム領域の各多型に対し行う方法。
SNP:single nucleotide polymorphism (一塩基多型)。ヒトのDNAの個人差を表すものであり、様々な病気のリスクや治療反応性に関連していると考えられている。
Asn:アスパラギン酸というアミノ酸の略語、Ser:セリンというアミノ酸の略語
ミスセンスSNP:タンパク質のアミノ酸の違いのあるSNP。SNPの大部分を占めるイントロンや遺伝子外のSNPと異なり、機能の違いがあることが想定される。
中間表現型:精神疾患に特徴的な神経生物学的な表現型であり、認知機能、脳神経画像、神経生理機能などがある。

参考文献

1.Hashimoto R, et al, Genome-wide association study of cognitive decline in schizophrenia. Am J Psychiatry, 170(6):683-684, 2013.
2.Tandon R, Keshavan MS, Nasrallah HA. Schizophrenia, "Just the Facts": what we know in 2008 part 1: overview. Schizophr Res. 100:4-19, 2008.
3.橋本亮太、統合失調症の中間表現型、日本臨牀、71(4):610-614、2013.
4.http://www.sp-web.sakura.ne.jp/lab/index.html

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