25. 脳内の炎症が収束する仕組みを解明

著者
七田 崇 (東京都医学総合研究所 脳卒中ルネサンスプロジェクト)
吉村昭彦 (慶應義塾大学医学部 微生物学免疫学教室)
DOI
10.11481/topics55
投稿日
2017/11/08

 脳卒中は本邦における死因の第4位、寝たきりの原因の第1位であり、脳卒中の約7割を脳梗塞が占めています。脳梗塞は脳の血管が詰まることによって、脳組織が虚血による壊死を起こす病気です。手足の麻痺や言葉の障害など、日常生活において支障を来すような後遺症を残すことが問題となりますが、脳梗塞後に起こる脳内の炎症は後遺症の程度を悪化させてしまいます。脳内の炎症を制御する治療法はないものでしょうか。
 傷ついた組織は一過性に熱を持ち、赤く腫れますが(=炎症)、その後は自然と傷が治っていきます(=修復)。どうやら脳梗塞後に起こる炎症は、組織損傷に伴う修復の開始シグナルに直結しているようです。壊れた組織で引き起こされる炎症は、その後の修復のトリガーとしても重要な役割を持つ、すなわち生体維持のための大切な過程であると考えることができます。とは言え、脳内で炎症が持続していると患者さんの症状は悪化してしまいます。このような過剰な炎症を早めに収束させ、修復効果を高めるような治療法の開発が世界的に求められています。そこで今回私たちは、脳梗塞後の炎症が収束に至るメカニズムを解明し、炎症の収束を早める治療法の可能性について検証しました。
 臓器が損傷して炎症が起きる時には、血液を巡っている白血球が臓器に侵入します。例えば体内に細菌やウイルスなどの病原体が感染した場合は、白血球が血液から感染部位に侵入して炎症を起こし、赤く腫れます。白血球にはマクロファージ・好中球やリンパ球などの免疫細胞が含まれますが、これらの免疫細胞は病原体由来の成分を感知して活性化し、炎症を促進する分子を産生します。炎症は感染部位に免疫細胞を呼び込みますが、活性化したマクロファージや好中球は細菌やウイルスを殺菌し、排除する重要な役割を担っています。病原体が感染部位から排除されれば、炎症を起こす原因がなくなり、炎症は収束に向かって組織の修復が始まります。

脳はウイルスや細菌が存在しないクリーン(無菌的)な臓器です。しかし脳梗塞においても、損傷した脳組織には血液から多くの免疫細胞が侵入して、激しい炎症を引き起こします(図1、文献1)。それでは、免疫細胞は病原体の存在しない脳内で何を感知して活性化し(炎症を起こし)、どのようにして脳内で炎症を起こす原因は取り除かれるのでしょうか。
 私たちは以前の研究で、脳細胞内に存在する分子の中に免疫細胞を活性化して炎症を引き起こす分子(内因性炎症惹起分子:DAMPs(Damage-associated molecular patterns)と呼ばれています)が存在することを見出しました。細胞の内部には核酸、タンパク質、脂質などが存在しますが、特にペルオキシレドキシンというタンパク質はマクロファージや好中球を活性化する作用を持つDAMPsとして働きます。脳梗塞のように、脳組織が壊死すると細胞内の分子が細胞の外に放出されますが、DAMPsも同様に放出されます。脳内に侵入した免疫細胞がDAMPsと接触して活性化されることにより、脳梗塞後の炎症が惹起されるわけです(図2、文献2)。

 では、DAMPsが壊死した脳組織から排除されれば、炎症を起こす原因がなくなって炎症は収束へと至るのではないでしょうか。私たちは今回の研究で、脳梗塞後の壊死した脳組織に侵入したマクロファージがDAMPsを細胞内に取り込んで分解排除するメカニズムを解明しました。マクロファージはDAMPsを認識して排除する受容体(スカベンジャー受容体)MSR1を発現しています。脳梗塞後の炎症は発症数日程度でピークを迎えますが、その頃にはMSR1を強く発現するマクロファージが脳梗塞内に出現し、DAMPsを効率的に排除します。脳内のマクロファージに強いMSR1の発現を誘導するためには、転写因子として機能するMafbが重要であることを発見しました(図3、文献3)。
 人工的に転写因子Mafbの働きを促進して、脳内のマクロファージに強いMSR1の発現を誘導できれば、DAMPsの排除を促進することによって炎症の収束を早められると考えられます。私たちはビタミンAの誘導体であるタミバロテン(AM80)という薬剤が、転写因子Mafbを介してマクロファージにおけるMSR1の発現を増強することによって、脳梗塞後の炎症の収束を早める治療剤となりえることを証明しました。
 脳卒中を発症した患者さんはリハビリによって神経症状の改善が見込めます。脳梗塞後の炎症はどのようなメカニズムで、神経修復に転じるのでしょうか。今後の研究で明らかにしていきたいと思います。

参考文献

1) Shichita T, et al. Nat Med. 15, 946-950 (2009) 2) Shichita T, et al. Nat Med. 18, 911-917 (2012) 3) Shichita T, et al. Nat Med. 23, 723-732 (2017)

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