26. オピオイドの薬効が減弱する原因を同定
痛みは誰しもが経験したことがある感覚であり、あらゆる生物が保有しています。生体防御の観点から必須の感覚ですが、長期的にわたる不必要な痛みは私たちの生命を脅かすために適切に取り除く必要があります。抜歯後の痛み、頭痛、生理痛など、多くの場合で鎮痛薬が使用されますが、これらの鎮痛薬で効果が無い場合に用いられる薬剤がモルヒネに代表されるオピオイドです。ガン性疼痛などに使用され、非常に強力な鎮痛効果を持つ反面で副作用も強いために適切な使用が求められます。オピオイドは長期的な疼痛管理に使用されますが、鎮痛薬でありながら痛みに対して過敏になるという一見矛盾した副作用が生じる場合があるため、除痛には投薬量の増加が必要となります。しかし、この痛覚過敏の原因は十分に明らかではなく、薬剤の適正使用に課題が残っていました。
ケタミンは麻酔薬、鎮痛薬として使用されており、モルヒネの補助薬としても使用されています。ケタミンの作用はグルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体の阻害効果であることが古くから知られていましたが、慢性痛に対するケタミンの影響の解析の結果、脊髄のミクログリアに発現するCa2+活性型K+チャネル(BKチャネル)を阻害する効果があることを明らかにしてきました(文献1)。このような背景から、ミクログリアのBKチャネルがモルヒネによる痛覚過敏に関わっている可能性が考えられました。
BKチャネルはあらゆる細胞に発現していますが、モルヒネを数日間連日で投与したマウスでは、脊髄のミクログリアのみでBKチャネルの活性が生じました。しかし、なぜこのような細胞特異的なチャネルの活性化が生じるのか非常に不思議でした。BKチャネルはポアを形成するαサブユニットとチャネルの性質を決定する4種類のβサブユニット(β1-4)がヘテロ4量体として存在し、これらの発現パターンによりチャネルの活性化パターンが異なります。マウスの脊髄切片から種々の単一細胞を取り出して遺伝子解析を行ったところ、ミクログリアに特異的にβ3サブタイプが発現していることが分かりました。また、これはモルヒネによってミクログリアの細胞内で増加するアラキドン酸がBKチャネル(β3)を特異的に活性化していました。モルヒネによりミクログリアから分泌され神経活動性の亢進に関わる脳由来神経栄養因子(BDNF)(文献2)はBKチャネルの阻害によりその分泌能が減弱していました(図1)。このような結果を基に、脊髄のミクログリアに発現するBKチャネル(β3)をノックダウンしたところ、モルヒネにより生じる痛覚過敏が抑制され、投与量を増加させることなく主作用である鎮痛作用を持続させることができました(文献3)。
モルヒネは脊髄のミクログリアにおいてNLRP3インフラマソームを活性化させることも分かってきています(文献4)。これらはIL-1β等の炎症性サイトカインの遊離を引き起こす重要な因子であり、BKチャネルもサイトカイン産生のスイッチとなっていました。
このような結果から、中枢炎症の一端としてミクログリアを介した種々の反応が脊髄神経の活動性を亢進させ、痛みという表現型を引き起こしていることが分かりました。つまり、モルヒネによる鎮痛効果と中枢炎症のバランスが崩れてしまうために、痛覚過敏が副作用として生じているのです。そのため、このような中枢炎症のプラットフォームとしてのミクログリアの働きを正常化することにより適切な疼痛コントロールへつながるものと考えます。今後、BKチャネル(β3)を標的とした薬剤がオピオイドの補助薬として使用されることで疼痛患者のQOLの向上に貢献することを期待しています。
参考文献
1) Hayashi, Y. et al. Microglial Ca(2+)-activated K(+) channels are possible molecular targets for the analgesic effects of S-ketamine on neuropathic pain. J Neurosci, 31, 17370-82 (2011).
2) Ferrini, F. et al. Morphine hyperalgesia gated through microglia-mediated disruption of neuronal Cl(-) homeostasis. Nat Neurosci, 16, 183-92 (2013).
3) Hayashi, Y. et al. BK channels in microglia are required for morphine-induced hyperalgesia. Nat Commun, 7, 11697 (2016).
4) Grace, P. M. et al. Morphine paradoxically prolongs neuropathic pain in rats by amplifying spinal NLRP3 inflammasome activation. Proc Natl Acad Sci U S A, 113, E3441-50 (2016).
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