29. ミクログリアは抑制性シナプス伝達の促進を介して発達期小脳における興奮性シナプス結合の精緻化に関わる

著者
中山寿子1、橋本浩一2
1. 東京女子医科大学 医学部 生理学(第一)講座
2. 広島大学 大学院医歯薬保健学研究科 神経生理学教室
DOI
10.11481/topics85
投稿日
2018/09/04

 生まれて間もない未熟な動物の脳では、大人の脳には見られない過剰な神経の結合(シナプス)が形成されていることが知られています。成長するに従ってこの過剰なシナプスのうち、機能的に必要なシナプスが強められ、不要なシナプスが刈り込まれて、少しずつ機能的な神経回路が構築されていくと考えられています。この過程は“シナプス刈り込み”と呼ばれ、神経回路の機能的な成熟プロセスにおいて普遍的な現象であると考えられています。これまで、発達期におけるシナプス刈り込みは、お互いに結合しているシナプスの前部と後部のニューロン間の相互作用で説明されてきましたが、近年、脳内の神経膠細胞の一種で、損傷やウイルス・細菌などに感染した際の自然免疫を担う細胞であるミクログリアも重要な働きを担うことが明らかとなってきました。

 今回の研究で我々は、シナプス刈り込みの制御機構に関してこれまでに多くの研究がされている、マウス小脳の登上線維とプルキンエ細胞間のシナプス結合を実験対象として(参考文献1,2)、シナプス刈り込みにおけるミクログリアのはたらきを解析しました(参考文献3)。

ミクログリア特異的Csf1r欠損マウスではプルキンエ細胞の登上線維による多重支配が残存する

 このために先ず、脳内でのミクログリアの生存に必要な遺伝子Csf1rを欠損することにより、脳内にミクログリアがほとんど存在しない遺伝子改変マウス(Csf1r-cKOマウス)を作成しました。次にこのマウスを用いて、延髄から小脳へ興奮性の信号を伝達する登上線維と小脳皮質のプルキンエ細胞とのあいだの神経結合の発達を調べました。このシナプス結合においても、生後発達期のシナプスの刈り込みが起こることが古くから知られています。生まれたばかりの野生型マウスでは、ひとつのプルキンエ細胞は複数本の登上線維からシナプス入力を受けていますが、生まれてから3週目までに機能的に必要な一本の登上線維のみを残して他は刈り込まれることが知られています(登上線維の刈り込み(図、左);参考文献1)。しかし、ミクログリアが存在しないCsf1r-cKOマウスでは、生後10日目以降の刈り込みが進行せず、大人のマウスになってもプルキンエ細胞が複数本の登上線維からシナプス入力を受けたままになっていました(図、真ん中)。このことから、ミクログリアが小脳内に存在することが、登上線維が正常に刈り込まれることに必要であることが示唆されました。

発達期小脳皮質ではミクログリアによる登上線維の貪食はごく稀である

 ミクログリアは貪食により異物などを取り除く能力を持つ為、発達期の小脳で不要な登上線維を貪食して除去している可能性を考えました。それを検証するため、ミクログリアと登上線維を染色して可視化する実験を行いました。ミクログリアが不要な登上線維を貪食しているのであればミクログリア内部に登上線維の断片が観察されるはずですが、そのような断片はほとんど観察されませんでした。このことから、登上線維の刈り込みが進行している発達時期に、ミクログリアは登上線維を殆ど貪食していないことが示唆されました。

ミクログリア特異的Csf1r欠損マウスではプルキンエ細胞への抑制性シナプス伝達の減弱が認められ、ジアゼパム投与によってシナプス刈り込みが正常化する

 次に、我々はミクログリアがプルキンエ細胞へのシナプス伝達に作用することによって間接的に登上線維の刈り込みに寄与するのではないかと考えました。プルキンエ細部への興奮性および抑制性シナプス伝達に異常がないかをCsf1r-cKOマウスで調べたところ、抑制性シナプス伝達が生後10日目頃に顕著に減弱していることが分かりました。
我々は以前の解析から、登上線維の刈り込みには抑制性シナプス伝達の正常な発達が必須であることを報告していたため(参考文献2)、この抑制性シナプスの機能不全が間接的に登上線維の刈り込みを阻害しているのではないかと考えました。そこで、生後9日目から12日目に抑制性シナプスの活動を増強する薬剤(ジアゼパム)を生後9-12日目のCsf1r-cKOマウスに腹腔投与したところ、障害されていた登上線維の刈り込みが正常化することが確認されました(図、右)。

 今回の結果から、ミクログリアは発達期の小脳において抑制性シナプス伝達が適切に機能することに必須であることが分かりました。またこのミクログリアによる抑制性シナプス成熟は、プルキンエ細胞に内在する、抑制性シナプスに依存した登上線維刈り込みのプロセスを間接的に活性化することが明らかとなりました。

図:発達期小脳皮質におけるミクログリアとニューロンの相互作用を介した神経回路の精緻化

 今後、ミクログリアがどのような機構で抑制性シナプス伝達を促進するのかを解明するとともに、抑制性シナプス伝達への作用が小脳以外でも認められる現象であるかを検証していきたいと思います。自閉症や統合失調症などでは脳の興奮と抑制のバランスの乱れに加えて、ミクログリア機能の破綻も指摘されているので、健常脳の発達過程において、ミクログリアが抑制性シナプス伝達を修飾するという本研究成果は、それらの精神・神経疾患の病態の理解と治療方法の解明に貢献するものと期待されます。

参考文献

  1. Hashimoto, K. & Kano, M. Synapse elimination in the developing cerebellum. Cell. Mol. Life Sci. 70, 4667–4680 (2013).
  2. Nakayama, H. et al. GABAergic inhibition regulates developmental synapse elimination in the cerebellum. Neuron 74, 384–396 (2012).
  3. Nakayama, H. et al. Microglia permit climbing fiber elimination by promoting GABAergic inhibition in the developing cerebellum. Nature Communications (2018) 9: (2830) DOI: 10.1038/s41467-018-05100-z

「神経化学トピックス」では、神経化学のトピックを一般の方にもわかりやすくご紹介します。
※なお、目次記載の所属は執筆当時の所属となっております。